アリオスとアンジェリークは、出来る限り時間を作り、”昼下がりのデート”を楽しんだ。
今日もリッツでデートを楽しみ、アンジェリークが帰る午後6時近くになっていた。
「ね〜、アリオス、私の靴、知らない?」
「さあ、そのへんにでもあるんじゃねえか?」
「うん・・・」
アンジェリークは途方にくれながら、躍起になって自分の靴を探す。
さっきまではベットの下に確かに置いておいたはずなのに、全くどこにも見当たらない。
「靴がないと帰れない〜」
「じゃ、いろよ?」
「ダメ!」
きっぱりとした口調は、アリオスを苦笑させる。
知らん顔をして、アリオスはアンジェリークの小さな靴を、ガウンの中に隠した。
自分を甘く翻弄する無垢な天使と、もっと一緒にいたいという気持ちからだった。
そんなことを知らないアンジェリークは、それこそ色々なところを探しまわる。
机の下に入って捜し出したとき、その姿があまりにも可愛らしくて、アリオスは彼女の横に体を滑り込ませた。
「えっ、一緒に探してくれるの?」
嬉しそうにアンジェリークが笑ったとき、ぐいっと彼に引き寄せられる。
「・・・ん・・・!!」
甘く唇を奪われて、彼女は、深い、恐ろしいほどの喜びに体を震わせた。
突然、目の前の電話が鳴り、アリオスは軽く舌打ちをして、名残惜しげに唇を離すと、電話を取った。
「----はい・・・、あっ!」
最初は不機嫌だった彼の声が、キュに嬉しそうに響くことを、アンジェリークは見逃さなかった。
「イングリット! えっ、アガサも一緒? 双子一緒にこっちに来たのか?」
アリオスの声は少し焦るような響きが、言葉の端々で判る。
アンジェリークの顔を覗き込みながら、アリオスは宥めるように微笑む。
「お邪魔かな・・・」
アンジェリークが去ろうとすると、アリオスは彼女の小さな手を掴んだが、すぐに解かれてしまった。
彼が呆然としていたが、彼女は、そっと寝室にはいっていった。
アリオスは、彼女の靴を隠しておい手よかったと思いながら、電話を続ける。
内心、早く切って、アンジェリークを宥めにいきたいと思っていた。
寝室に入り、穏やかでない心を持て余しながら、アンジェリークは再び靴を探し始めた。
ふと、テーブルに置いてあるレコーダーが目に入り、彼女はそれを手に取った。
以前、彼がレコーダーの使い方をお教えてくれたので、操作できるのだ。
アンジェリークの心にイタズラ心が湧きあがり、ニヤリと得意げに笑った。
彼女は姿勢を正して、イスに腰掛けると、レコーダーのスイッチを押した。
「親愛なるアリオス様。あなたが興味深いといっていた、私の男性遍歴についてご報告させていただきます。
一人目、赤毛の写真家。二人目、ちょっと辛口の芸術家。三人目軍人。四人目優美な画家。五人目、派手なメイクアップアーティスト。六人目、爽やかなフルート奏者。七人目、歴史学者。八人目黄金の紙を持つあの公爵。九人目長い金髪があどけないアルペンガイド、十人目、発明家。十一人目、暗い占い師。十二人目、その占い師の明るい弟子。十三人目、貿易商。十四人目、堅物の研究者。十五人目、とある国の皇太子。以下、後述」
もちろんこれは彼女の頭の中だけのこと。
アンジェリークは、彼がどんな反応をするかと想像し、一人ほくそえんだ。
彼女が部屋に戻ると、丁度アリオスが受話器を置いたところだった。
「すまなかったな」
「良いよ、別に・・・」
言いかけて、彼女はアリオスの腕の中にすっぽりと入れられた。
「アリオス〜!」
彼女が恥ずかしそうに俯いたとき、彼のガウンのポケットのふくらみに気がついた。
やっぱりと思ったが、内心は少し華やいだ気分になる。それは、彼が自分を帰したくない証拠だからだ。
「一度朝までここにいるってのはどうだ?」
「二人っきりで?」
「ああ、二人きりだ」
背中に回される彼の腕が俄かに力強くなり、その意志を彼女に見せつける。
「じゃあ二人で、食料品を買い込むのはどう?」
「キャビアとかか?」
甘い会話をしている間、アンジェリークはアリオスのガウンのポケットを探り、靴を取り出した。
「とってもステキね」
アンジェリークは、ここで言葉を切ると、怒ったような表情になり、ポンとアリオスの頭を靴で叩いた。
「帰るわ」
するりとアリオスの腕を抜けて、彼女はすたすたとドアへと向かう。
「アンジェ!」
アリオスもドアまで追いかけてゆく。
「おい、さっきのこと、俺は本気だぜ?」
アンジェリークは判っているとばかりに、穏やかで優しい笑顔を彼に浮かべる。
艶やかさと無垢さが入り混じるその笑顔は、アリオスを魅了せずに入られない。
「アリオス・・・、私は”昼下がりの女”。明るい食前酒よ。メインは他の方でね?」
せいいっぱいの強がりと、背伸びをした言葉だった。
「おまえ」
「また、明日ね」
アンジェリークは、そっとついばむような小鳥のようなキスをすると、はにかんだ笑顔を彼に残し、部屋を後にした。
残されたアリオスは、切なげな溜め息を吐くと、着替えるために寝室へと向かった。
「何だ?
レコーダーがメッセージが入っていることを伝える、赤いランプを点灯させている。
彼が、レコーダーを再生すると、可愛らしいアンジェリークの声が入っていた。
『親愛なるアリオス様。あなたが興味深いといっていた、私の男性遍歴についてご報告させていただきます』
彼は喉をクッと鳴らして笑うと、続きが気になりレコーダーを逸る気持ちで再生する。
『一人目、赤毛の写真家。二人目、ちょっと辛口の芸術家。三人目軍人。四人目優美な画家。五人目、派手なメイクアップアーティスト。六人目、爽やかなフルート奏者。七人目、歴史学者。八人目黄金の紙を持つあの公爵。九人目長い金髪があどけないアルペンガイド、十人目、発明家。十一人目、暗い占い師。十二人目、その占い師の明るい弟子。十三人目、貿易商。十四人目、堅物の研究者。十五人目、とある国の皇太子。以下、後述』
最初は余裕の表情を浮かべる彼だったが、だんだんそれが険しくなり、最後にはその瞳が嫉妬の炎で焼き尽くされる。
何度もレコーダーを再生するたび、余裕がなくなってくる。
彼女を自分だけのものにしたい----
アリオスは生まれて始めて、心からそう思った。
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その夜、彼は結局誰とも会わずに、一人で深酒を浴びていた。
正確には、ジプシー楽団も一緒だったが、女性はいなかった。
ジプシーの音楽を聞きながら、アンジェリークが残していったメッセージを何度も再生し、その度に酒を煽る。
嫉妬の余り眠れず、心地よい酔いがいつまでたっても訪れてくれない。
これほど胸を締め付けるような夜を彼は過ごしたことはなかった。
それは、今回が彼にとって、本当の意味で真剣になった初めての恋だったからだ。
彼は、いつもの4倍近い酒量で、ようやく眠りが訪れた。
----正確にいえば、酔いつぶれてしまったといった方が正しかった。
愛してる!! どうしてあの天使はこんなに俺の心に入り込む!!
彼は、自分の恋に対する激しさを、このとき初めて知った。
どれぐらい眠っていたのだろうか。
昨日の深酒のせいか、寝起きがかなり悪かった。
アリオスは、まだ朝の6時30分だとわかると、アルコールで麻痺した頭をすっきりさせるために、タクシーで高級サウナへと向かった。
サウナに入っても、彼の頭は一向にすっきりしなかった。
考え込むように彼は、じっとしていた。
頭の中にあるのはたった一人の少女のこと。
雲を掴むような娘で、しかも名前すら知らないのだ。
胸を締め付けられるような痛みを持て余しながら、アリオスは自嘲気味に微笑んだ。
「あら、あなたはいつかの?」
声をかけられて振り返ると、そこには見覚えのある中年の男が立っていた。
「アンタは・・・」
「わたしは、あの、いつかの間抜けな亭主です。間違ってお宅をお邪魔した」
いわれてアリオスは思い出す。思えばあの事件がきっかけで天使とであったのだ。
「おかげさまで、最近は家内とも上手くいってます」
「それはよかった」
アリオスは僅かに眉を上げ、反応してみせる。
今は、見るもの、聞くものあの天使につながってしまう。いや、つなげてしまう。
「お元気なさそうですな? 恋の悩みとか?」
言い当てられて、アリオスはばつが悪そうに僅かに顔を歪めた。
「だったらお相手を調べるのが一番ですよ!!」
『調べる?」
「いい探偵を知っています。腕は確かですから、あなたの悩みも解決しますよ!!」
1時間後、アリオスは、男に貰った名刺を頼りに探偵事務所にやってきた。
彼がノックしようとしていたのは、まさにチャーリーの事務所だった----

コメント
とうとう6回目の「LOVE IN THE AFTERNOON」です。
今回は、アンジェリークに翻弄された挙句の果てに嫉妬に狂ってしまうアリオス偏でした。
いよいよ次回は最終回です。皆様最後まで宜しくお願いします。
連載ばかり抱えて首が回らないtinkでした。
